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第六天の魔王

第六天の魔王

 弱気になるときがあります。
 自分には不可能だと感じたり、こんなことをするのは無駄だと思ったりすることもあります。
 そんな時、池田先生が常々仰っているように、「何のため」を再確認するようにしています。目的は何か。生きている究極の願いは何か。そのために、どうあらねばならないか。なにをしなければならないか。それは出来ているか。目の前のことを解決できなくてどうするんだ、と。それこそ「一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか」(「種種御振舞御書」p912)です。
 人生は常に弱気との戦いです。ほかの事のほうが面白い、他のやり方のほうが効果がある、他の人のほうが正しいアドバイスをしてくれる。今目の前にある困難より、他の道のほうがこの場合有効ではないかと、常に浮かんでくるのです。しかし、人生は自分で引き受けるしかありません。どんなときでも、正々堂々と前に進むしか道は無いのです。故に、人生には勇気が絶対に必要なのです。
 また、正しいことをしようとするとき、結果として成長しようとするとき、向上しようとするときには、必ず「魔」が出ます。特に大聖人の仏法を修する者には、仏法上のことでも、世法上のことでも、第六天の魔王が憤然と立ち塞がります。
 弱気になった時は、きっと第六天の魔王に毒されている時なのだ、と見抜いて、日常生活の、あらゆる場面で罠をはっている第六天の魔王を降さなければなりません。退く心、臆する心があってはならない、と、常に自戒しなければいけません。
 第六天の魔王は、あらゆる機会を捉えて法華経の行者を亡き者にせんと手薬煉引いて待ち構えています。

 御書には、こうあります。 

辧殿尼御前御書
      /文永十年九月 五十二歳御作 与日昭母妙一
 しげければとどむ、辧殿に申す大師講を・をこなうべし・大師とてまいらせて候、三郎左衛門尉殿に候、御文のなかに涅槃経の後分二巻・文句五の本末・授決集の抄の上巻等・御随身あるべし。
 貞当は十二年にやぶれぬ・将門は八年にかたふきぬ、第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし、しかりと・いえども弟子等・檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転の心あり、尼ごぜんの一文不通の小心に・いままで・しりぞかせ給わぬ事申すばかりなし、其の上自身のつかうべきところに下人を一人つけられて候事定めて釈迦・多宝・十方分身の諸仏も御知見あるか、恐恐謹言。
 九月十九日  日蓮花押
   辧殿尼御前に申させ給へ
(「辧殿尼御前御書」p1224)

(通解)
 繁雑になるので、筆をとどめておきます。弁殿に申し上げます。大師講を行うのがよいです。天台大師の像を取り出して送りました。三郎左衛門尉(四条金吾=四条中務三郎左衛門尉頼基)のところにある書物の中で、涅槃経の後分二巻、法華文句巻五の本文と末註(法華文句記)、授決集の抄の上巻などを持ってきて下さい。
 安倍貞任は12年にわたる戦で敗れました。平将門は8年で滅びました。第六天の魔王は、十の魔軍を起こして、法華経の行者と生死海の海中にあって凡聖同居の穢土をとられまい、奪おうとして争っています。日蓮は、第六天の魔王と敵対する者として、大兵を起こして戦うこと二十余年です。日蓮は、一度も退く心はありません。しかし、弟子檀那などのなかで臆病のものは、大体、あるものは実際に退転し、あるものは退転の心があります。
 尼御前が、一文不通の仏法の道理もわからない心弱い女性の身で、今まで退転しなかったことは、まことに立派です。その上、自分が使うはずの召使を一人、私につけてくださったことは、必ず、釈迦・多宝・十方分身の諸仏も知見されているでしょう。恐恐謹言。

 ここでは、大聖人が資料となる文書を持ってくるように指示されています。大聖人はあらゆることに通じておられましたが、必要に応じて原典に当たることは大切にされていたようです。
 われわれも、雰囲気や伝聞で「こうだよ」とか「こう言ってたよ」「こう聞いてるよ」といってしまいがちですが、必ず原典・出典を明らかにすべきです。そうしないと世間では通用しません。客観的に証明することが、相手との論争には絶対必要だからです。
 閑話休題
 この御書については、池田先生が、「御書と師弟 第18回 不退転の信心」(2009.7.2付 聖教新聞)
に、詳しく解説されています。(参考URL http://www.iizuka.org/i/gosyo_and_shitei/gosyo_and_shitei_18hutaitenn-no-shinjin.html

 まず、御書の背景について、先生は

 (引用)
 この御書は、辨殿(大聖人門下の弁阿闍梨日昭)と、その縁者である尼御前に送られた御手紙です。
 本抄を記されたのは、佐渡流罪中の文永10年(1273年)9月19日のことです。
 絶海の佐渡での御生活は、窮乏を極め、常に死と隣り合わせの状況であられました。
 その大聖人の御身を案じ、尼御前は鎌倉から佐渡まで、自分が頼みとしている使用人を遣わして、お側で仕えさせるなど、不二の心で赤誠を尽くしたのです。
 大聖人は、こうした尼御前の真心に最大に感謝され、賞讃されています。(引用ここまで)

 とされています。
 日昭は六上足の首座といわれますが、大聖人の教えに反した五老僧は詳しく語らなくてもよいでしょう。
 尼についてはよくわかりません。が、それなりの身分の人であったでしょうし、大聖人に召使をつかわしたことは、相当の信心でしたでしょうし、この御書で大聖人も「いままで・しりぞかせ給わぬ事申すばかりなし」とお褒めになっておられるほどですから、大したものだったはずです。

 また、池田先生は、「日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」に関連して、第六天の魔王と大聖人の戦いについて、同じく「御書と師弟 第18回 不退転の信心」で、こう述べられています。

 (引用)
 御文では、大聖人が「法華経の行者」の身として、仏法正義の「大兵」を起こしてから、二十余年を経たと仰せです。
 この「二十余年」とは、建長5年(1253年)4月28日の立宗から、本抄御執筆の時期までを指します。立宗の日より、ただの一度たりとも退く心なく、戦い抜いてこられたと師子吼なされているのです。
 「一度もしりぞく心なし」! ──これほど誇り高き魂の勝利宣言があるでしょうか。信心の真髄である「生涯、絶対不退転」の精神を教えてくださった御金言であります。
 それでは、「大兵を・をこして」とは、どのような大闘争であられたのか。
 この御文の直前には「第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう」(同㌻)と記されております。
 第六天の魔王が十種の魔軍を率いて戦を起こしてくる。そして、法華経の行者と、この娑婆世界を取られまい、奪おうと、あい争うことを、喝破されているのです。「生死海の海中」とは、生老病死の苦悩が荒れ狂う、この現実世界を譬えた表現であります。
 それは、末法の衆生が実際に暮らしているこの国土を、穢土から浄土へ変革できるかどうかの法戦です。
 まさに広宣流布とは、仏が陣地を取るか、魔に奪われるかという熾烈な死闘なのです。
 「十軍」とは、さまざまな煩悩を、魔軍として十種類に分けたものです。
 「大智度論」には──
 ①欲②憂愁《うしゅう》(憂えること)③飢渇《きかつ》(飢えと渇き)④渇愛《かつあい》(五欲に愛着すること)⑤睡眠⑥怖畏《いふ》(怖れること)⑦疑悔《ぎけ》(疑いや悔い)⑧瞋恚《しんに》(怒り)⑨利養虚称《りようこしょう》(財を貪り、虚妄の名聞に執着すること)⑩自高蔑人《じこうべつにん》(自ら傲り高ぶり、人を卑しむこと)──という十の魔軍が挙げられています。
 衆生が住む世界を支配しようとする第六天の魔王が、これら「十軍」を従えて、あらゆる手を使い、法華経の行者を圧迫し、蝕もうとするのです。
 この「十軍」に対して大兵を起こすとは、まず、自分自身の「己心の魔」との真剣勝負であります。(引用ここまで)

 とされています。
 大きく言えば、第六天の魔王は国土世間全体を悪い方へ悪い方へと導こうとしています。そのほうが快適だからです。
 電車には冷暖房がついて無いと乗れないけど、それって本当は環境に悪い。物資をより早く遠くに届けるためにハイウェイが必要だけど、そのために自然や周辺住民の生活環境は多少我慢してもらわないと。といったことも、極論では社会的な十軍になるかもしれません。
 さらに、個人に当てはめてみれば、人が快適と感じることは、たいていの場合、利・美・善の価値から外れている、あるいは反していることが多いものです。心の弱さが、ストレートに快適につながることが多いせいでしょう。
 本当はあの人の激励に行きたいけど、今日は疲れたし、お酒飲んでテレビ見てるほうが快適だ。本当は明日のために祈りたいけど、明日の朝早いからゆっくりお風呂入って寝たほうが明日のためだ。というように。それ自体は不正解でも反価値でも無いけれど、本当に今するべきことは何かを考えた時、他に道がある、といったことが多いかもしれません。
 社会にしても個人にしても、そうした些細なことが「仏が陣地を取るか、魔に奪われるか」という戦いです。瞬間瞬間の一念三千をどう動かし、どう行動に結びつけるか、そこに第六天の魔王との勝負を決するポイントがあります。
 そのために、最も大切なことは「自分自身の「己心の魔」との真剣勝負」なのです。戦うという気概、意識がなければなりません。
 その上で、さらに池田先生は次のように書かれています。

 (引用)
 そして、胸中の魔性に打ち勝つ要諦とは、第一に「不退転の信心」であると、大聖人は教えてくださっているのであります。
 何があろうと、わが信仰の戦闘を続行しゆく「不退の人」こそが「勝利の人」です。
 牧口先生は叱咤なされた。
 「大聖人は『大悪をこれば大善きたる』『各各なにをかなげかせ給うべき』と仰せである。
 どんな時、どんな場合でも、それをバネとして、大きく転換していけ!」
 少しも嘆かない。前へ前へ進む信心こそ、「大悪」を打ち破り、「大善」に転じ切っていく力です。
 「進まざるは退転」である。もう一歩、あと一歩と忍耐強く攻め抜く。勝利をつかむ最後の一瞬まで前進をやめない。この心が大切なのです。この一念が勝敗を決するのです。
 第二の要諦は「挑戦の心」です。「大兵」を起こすとは、第六天の魔王という、大宇宙に瀰漫《びまん》する根源的な魔性に対する断固たる挑戦だからであります。
 第六天の魔王の正体とは、「元品の無明」(=根源的な無知)です。
 政治も経済も、教育も文化も、さらに国際社会全体も、この見えざる生命の魔性を打破していかなければ、民衆の真の幸福を確立することはできない。
 大聖人の御在世当時がそうであったように、末法がさらに進んだ現代においては、創価学会の躍進に対し、あらゆる誹謗・中傷が浴びせられてきました。
 それは、元品の無明に心を囚われ、怨嫉の炎に焼け焦げた姿にほかなりません。
 こうした生命次元の「戦」に厳然と勝つ力が信心です。
 大聖人は、「元品の無明を対治する利剣は信の一宇なり」(御書751㌻)と仰せです。
 「信の一字」の利剣で、生命の元品の無明を断ち切るのが、我らの折伏行です。社会の精神土壌を根底から変革し、民衆が喜び栄える仏国土を築きゆく運動が、広宣流布なのです。(引用ここまで)

 我が心のうちで、常に仏の自分と第六天の魔王が戦っているだけでなく、「この娑婆世界を取られまい、奪おうと、あい争う」というのです。「まさに広宣流布とは、仏が陣地を取るか、魔に奪われるかという熾烈な死闘なのです。」というのです。
 形而上だけでなく、実際の生活の場で。家庭で、職場で、学校で、さまざまな人が集まる場所で。地方や国の政治の世界で。二国間や多国間交渉の席で。国連で。さらには宇宙で。具体的に第六天の魔王が領地を拡大しようと、われわれに戦いかけているのです。それは、さまざまに形を変えて、繰り返し、何度でも襲ってきます。弱気になれば一気に陣地を取られます。「強気でいけ」とは、まさに第六天の魔王を退ける肝要なのです。広宣流布とは、法を広めるのと同じように、自らの振る舞いで他に人に感動を与え、味方にする運動でもあります。そのためには、今いる場所で実証を示し、勝ち進んで行くしかないのです。それが結局は、地域や国や世界や宇宙に広がって行くことになるのです。
 最も大切な指摘は、第六天の魔王の本質が「嫉み」であるという点です。それは情愛による妬みではなく、われわれ法華経を信じ行じるものが必ずかなえることができる、絶対的幸福に対する嫉み、です。御書には、次のように書かれています。

 種種御振舞御書 建治二年 五十五歳御作 与光日房 於身延
 国を治る者は他国の恐れあり財有る者は命危し法華経を持つ者は必ず成仏し候、故に第六天の魔王と申す三界の主此の経を持つ人をば強に嫉み候なり、此の魔王疫病の神の目にも見えずして人に付き候やうに古酒に人の酔い候如く国主父母妻子に付きて法華経の行者を嫉むべしと見えて候、少しも違わざるは当時の世にて候、
(「種種御振舞御書」p925)

(通解)
 国を治めるものは他国から隙を狙われる恐れがあり、富める者は強奪にあいがちなので命が危うい。法華経を保つものは、必ず成仏するので、第六天の魔王という三界の主がこの経を持つ人を強烈に嫉むのである。この魔王は、あたかも疫病神が誰の目にも見えずに人につくように、芳醇な酒に人が知らず知らず気分よく酔い入ってしまうように、国主・父母・妻子に取り付いて法華経の行者を嫉むのであると、経文に見えている。これに寸分も違っていないのが現在の世相である。

 三界の主とありますが、第六天の魔王は、欲界・色界・無色界のうちの欲界の第六天の主です。
 そうした第六天の魔王が動き出すということは、幸福実現が近いということでもあります。魔が競うときほど心を強く、絆を固く結ばなければなりません。
 同じ「種種御振舞御書」にある通り「各各思い切り給へ此の身を法華経にかうるは石に金をかへ糞に米をかうるなり(p910)」です。悩み迷っているときこそ、立ち止まっている時ではありません。あれが悪い誰が嫌いだと文句を言っているときではありません。思い切らなければいけないのです。行動を起さなければいけないのです。思い切ることで、第六天の魔王を切り捨て、迷いを切り捨てることができます。一生法華経の行者として生き切ると思い切る以外に、道は無いのです。胸中の魔性に打ち勝つ要諦とは、「不退転の信心」であると、大聖人は教えてくださっています。何があろうと、わが信仰の戦闘を続行しゆく「不退の人」こそが「勝利の人」だと、池田先生も仰っているとおりです。

最蓮房御返事 
 予日本の体を見るに第六天の魔王智者の身に入りて正師を邪師となし善師を悪師となす、経に「悪鬼入其身」とは是なり、日蓮智者に非ずと雖も第六天の魔王・我が身に入らんとするに兼ての用心深ければ身によせつけず、故に天魔力及ばずして・王臣を始として良観等の愚癡の法師原に取り付いて日蓮をあだむなり、然るに今時は師に於て正師・邪師・善師・悪師の不同ある事を知つて邪悪の師を遠離し正善の師に親近すべきなり、設い徳は四海に斉く智慧は日月に同くとも法華経を誹謗するの師をば悪師邪師と知つて是に親近すべからざる者なり
(「最蓮房御返事(師弟契約御書)」p1340~1341)

(通解)
 日蓮が日本の姿を見るに、第六天の魔王が智者の身に入って正師を邪師となし、善師を悪師となしている。法華経に「悪鬼其の身に入る」と説かれているのはこれである。
 日蓮は智者では無いけれど、第六天の魔王がわが身に入ろうとしても、かねてからの用心が深いので、身に寄せ付けない。ゆえに天魔は力及ばずに王や臣下をはじめとして良観等の愚かな法師達にとりついて、日蓮をあだむのである。
 しかしながら今の時代は師に正師と邪師、善師と悪師の違いがあることを知って、邪悪の師を遠ざけ、正善の師に近づき、親しむべきである。たとえ徳は全世界にいきわたり、智慧は日月のように輝いていたとしても、法華経を誹謗する師は悪師であり邪師であると知って、これに近づき親しむべきではないのである。

 このでの「智者」とは、兄弟抄にある如く、一応は各宗の開祖であり、その身に第六天の魔王が住んでいる者です。その辺は、兄弟抄に詳しく書かれています。
(参考 兄弟抄)
されば法華経を信ずる人の・をそるべきものは賊人・強盗・夜打ち・虎狼・師子等よりも当時の蒙古のせめよりも法華経の行者をなやます人人なり、此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり、六道の中に二十五有と申すろうをかまへて一切衆生を入るるのみならず妻子と申すほだしをうち父母主君と申すあみをそらにはり貪瞋癡の酒をのませて仏性の本心をたぼらかす、但あくのさかなのみを・すすめて三悪道の大地に伏臥せしむ、たまたま善の心あれば障碍をなす、法華経を信ずる人をば・いかにもして悪へ堕さんとをもうに叶わざればやうやくすかさんがために相似せる華厳経へをとしつ・杜順・智儼・法蔵・澄観等是なり、又般若経へすかしをとす悪友は嘉祥・僧詮等是なり、又深密経へ・すかしをとす悪友は玄奘・慈恩是なり、又大日経へ・すかしをとす悪友は善無畏・金剛智・不空・弘法・慈覚・智証是なり、又禅宗へすかしをとす悪友は達磨・慧可等是なり、又観経へすかしをとす悪友は善導・法然是なり、此は第六天の魔王が智者の身に入つて善人をたぼらかすなり、法華経第五の巻に「悪鬼其の身に入る」と説かれて候は是なり。
「兄弟抄」p1081~1082

 彼等は、本来ならば「正師」「善師」になるべきところを、第六天の魔王によって「邪師」「悪師」になってしまって、その「邪師」「悪師」が衆生を誑かしている。その伝で言うと大聖人も「智者」であられるので、第六天の魔王がその身に入り込んで「邪師」「悪師」となるべきところでしたが、大聖人はこのことのあるのを予見して、深く自覚し用心を怠らなかったので、天魔は力及ばず、権力者達をはじめとして(俗衆増上慢)、良観などの愚痴の僧にとりつき(同門増上慢、僭聖増上慢)、法華経の行者である大聖人を迫害している。
 つまり、第六天の魔王は三類の強敵となって現れているのです。
 こうした経緯から、第六天の魔王を退けた「正師」「善師」と第六天の魔王に取り付かれた「邪師」「悪師」をたてわけなければなりません。
 そして、第六天の魔王の眷属は、その師弟を分断しようと次なる戦いを仕掛けてくるのです。

「新・人間革命 第22巻 新世紀16」
 広宣流布、立正安国の戦いを進めれば、難が競い起こる。日蓮大聖人は、「大難なくば法華経の行者にはあらじ」(御書一四四八ページ)と仰せである。
 大聖人は、この世は第六天の魔王が支配する世界であると説いている。魔とは、人間を不幸にする生命の働きである。差別や支配、「殺の心」なども、人間の生命に巣食う魔性によるものである。
 仏法では、その根源を元品の無明、すなわち生命の根本的な迷いにあると説く。それを打ち破るのが「仏」の生命である。
 いわば広宣流布とは、万人の「仏」の生命を覚醒させ、不幸の根源たる「無明」を打ち破る戦いである。ゆえに、広宣流布の前進あるところ、「仏」と「魔」との壮絶な闘争となり、それが法難となって現れるのである。
 日蓮大聖人の御生涯を見ても、「立正安国論」をもって国主諫暁されて以来、迫害に次ぐ迫害の人生であった。「少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり」(同二〇〇ページ)と仰せの通りである。松葉ケ谷の法難、伊豆流罪、小松原の法難、そして、竜の口の法難から佐渡流罪にいたる大難である。
 戸田城聖も、師の牧口常三郎と共に、軍部政府の弾圧という大難に遭い、投獄され、牧口は獄死している。
 また、戦後も、夕張炭鉱の労働組合による学会員の締め出し事件や、山本伸一が選挙違反という無実の罪で逮捕された大阪事件が起こっている。それらは、立正安国の理念の実現をめざして、政治改革に着手したことによって起こった迫害である。
 伸一の第三代会長就任後も、政治権力をはじめ、さまざまな勢力による、学会への攻撃が繰り返されてきた。その攻撃の照準は、いつも会長である伸一に絞られていた。
 学会の団結の要であり、前進の原動力ともいうべき伸一を倒せば、同志は分断され、広宣流布は破綻をきたすことになる。したがって魔は、常に師弟の離間工作に躍起になるのである。
(参考URL:http://www.iizuka.org/i/human/22-1shinseiki/shinseiki16.html

 したがって、第六天の魔王に勝つには、より深い師弟の祈りと行動が必要になります。
 それも、徹底した師弟共戦です。
 池田先生は次のように鼓舞されています。

長編詩「我が勝利の大関東の同志に贈る」より

中途半端は禍根を残す。
「源を塞ぎ
 根を截(たつ)べし」とは
蓮祖の厳命であられた。
「破邪」なくして
「顕正」はない。
これが仏法の戦う魂だ。

大聖人が御自ら
「一度も
 しりぞく心なし」と
間断なき攻防戦を
闘い抜かれ
勝ち切られたではないか!

そして
「今は魔王も
 こりてや候うらん」と
悠然と言い放たれた。
第六天の魔王どもが
懲りるまで
打ち返し責め返し
追撃の手を緩めぬことだ。

「此れより後も
 いかなる事ありとも
 すこしもたゆむ事なかれ
 いよいよ・はりあげて
 せむべし」
悪を責め抜かなければ
もはや仏法ではない。

「我が勝利の大関東の同志に贈る」 07年6月29日付 聖教新聞
 参考URL:http://www.iizuka.org/i/poem/20070627.html

 そうなのです。「中途半端は禍根を残す。」
 師弟共戦でしか道は開けない。第六天の魔王は魔は破れないのです。
 まず、祈り、動くことからはじめましょう。
 祈れば智慧がわきます。智慧がわけばやることが見えてきます。後は行動するのみです。行動すれば、敵も味方になります。必ずや味方となって我々を守ってくれるのです。

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